iddmだってふつうの女

マイペース&シンプルをモットーに生きる女の話

誕生日おめでとー

こんにちわ。
今朝は朝方4時半に低血糖で起床・・リブレをかざすとLO・・焦って実測なんとな38まで下がってました。
ここまで下がったのは久しぶりでした。
低血糖症状としては震え、頭痛、動悸でした。
低血糖時に摂取するもの・・最近はスムージーをクイッと飲んでます。
だいたい80カロリーを目安にしますがスムーシーは140カロリー前後とやや高めかな。
血糖値はゆっくり上がります。1時間弱かけて回復する感じです。急激に上げると気分が悪くなrます。
血管にも負担をかけてしまうと思うので、敢えてゆっくり上げてますね。
低血糖に対しても考え方は個人差あると思うので、あくまでも私の考え方です。
発症時14歳の頃に習った捕食は・・
マリービスケットでした。笑 これがパサパして食べにくくて低血糖時には、なかなか辛い。笑
夜中の低血糖・・暗い病室で食べたことを思い出しますね。
今では綺麗に建て替えられた大学病院ですが。当時はまだ古い建物で小児科もとても古かったんです。
薄暗くて、部屋も6人部屋。お風呂も共同でした。付き添いのお母さんたちも一緒に入ってました。
14歳・・思春期だったので、とても恥ずかしかったです。
教育入院の1ヶ月は、今でも鮮明に思い出します。
それだけ私の人生において印象に残る出来事。
中2の年明けの1月・・
3学期をクラスのみんなで始めることが出来ませんでした。
院内学級に通うことになり、転校の手続きをしました。書類上は転校になるんです。悲しいことに。
みんな色んな病気と戦っている子供たち。
なのに、とっても明るくて元気。小児科から何人か一緒に通いました。
先生も優しくて面白くて。
おかげで勉強に遅れることなくすみました。感謝。
入院期間中には、みんなから寄せ書きノートが届いたりして、凄く励みになりましたね。
今でも思い出箱にしまってあります。
小児科って面会制限があって子供は入れないんです。
だから入院中は友達にも大好きな妹にも会えませんでした。
外出許可が出た日・・
私はバスケ部のみんなに一番に会いに行きました。
みんなが口を揃えて言った言葉は・・痩せたね。大丈夫?
でしたね。笑
7キロ痩せるって結構大きいです。ガリガリでしたね。
バスケットボールを一個借りて、みんなに応援の言葉をいっぱいもらって、また病院へと戻りました。
その日からベットの上でボールをずっと触ってました。
絶対にまた、みんなとバスケするんだ。
父と姉の影響で小さい頃から身近にあったバスケット。
ミニバスケットから始めた。
喘息が酷かった私・・いつも発作を起こして帰って来ていたみたい。
みんなに負けたくなくて必死だったな。
頑張ったおかげで副キャプテンになれた。
中学でも迷うことなくバスケ部に入った。正直陸上と迷った。笑
でも私にはやっぱりチームプレイが向いていたと思う。バスケ部で良かった。
身体が弱かった私も徐々に体力がつきました。喘息の発作は滅多に起きなくなりました。
少しずつ乗り越えてきた喘息。
きっとこの1型糖尿病も乗り越えられる。
私の中では治る病気だと信じてました。
だから頑張れたのかもしれません。
治らないと理解したのは高校2年生の入院時でした。
それまで本気でいつか治る、乗り越えられると信じていました。
退院してバスケ部に戻った私。
頑張ったおかげで、もらった背番号は7。大満足でした。
チームの成績としては良くなかったけど、それ以上に色んなことを経験した時間。
そんな思い出が蘇りました。
発症当時の思い出はお話ししたこともありますね。
良ければ過去のブログ。自己紹介をお読みください。

19年という月日が流れて・・
先日の7月3日に33歳を迎えました。
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ありがとうございます。
こんなに長生きするなんて思ってませんでした。
血糖コントロールが上手く出来なかった私は、きっと早く死んでしまうとどこかで思ってましたね。
33歳かあ・・
年明けで1型糖尿病になって20年目を迎えてしまう。
お祝いすることじゃないけど、頑張ってきた自分に何か送りたい。笑
誕生日・・体調が良ければそれでいいと思ってました。
すると姉と妹が誕生日会を計画してくれました。体調が安定しない私は、その日の体調次第。
誰かと予定を立てるなんてことが出来なくなりました。
ドタキャンしてしまっては申し訳ないです。しかし家族は分かってくれます。
当日・・昼まで体調が悪くて起きれず。泣
なんとか昼過ぎに起きて、ざるそばを食べました。がしかし、なかなかエンジンがかからない。
もう一度横になりました。神様・・
そして15時・・誕生日会は19時スタートです。まだ間に合う。
なんとか起き上がってシャワーを浴びて準備を進めます。
少しずつ回復して、会場である妹のお家へ。
我が家から妹のお家まで・・バスに乗って歩いて1時間程。頑張りました。
仕事終わりで姉と妹も集合。ありがとう。
テイクアウトで姉オススメの多国籍料理が並びます。
乾杯。
我が家はみんなひょうきんで面白いんです。
姉はその中でも群を抜いて面白い。その辺の芸人よりはるかに面白い。笑
お腹が痛くなるくらいに笑わせてくれました。
ありがとう。
そして大好きなチーズケーキにロウソクが立てられて登場。
ハッピーバースデー。
ありがとう。
小さい頃を思い出しました。
と言っても姉が18歳までしか3人一緒には住んでいなかったので私は13歳。妹は8歳。
懐かしくて貴重な思い出。
女3人集まれば喋る喋る。あっという間に時計はてっぺんを指しました。
姉はシンデレラタイムなので、そろそろ帰らなければいけません。
ありがとう。徒歩3分の姉宅まで送って妹とコンビニに寄って帰宅。
二人で大恋愛を見ながら二次会スタート・・のはずでしたが。
二人ともギブ。幸せ溢れる中寝ましたとさ。
妹は私をゆっくり寝かせたいからと言って毎回、ベットに一人で寝かせてくれるんです。
一緒に寝ようと言っても妹はベットの下で眠ります。
小さい頃から、自分のことより私のことを考えてくれる。
心優しい妹です。あるがとう。
翌日は9時頃に起きれました。体調も良し。準備して少しだけデートしました。
お揃いの服を買って大満足でした。
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こうして過ごした誕生日。寝て過ごすことなく楽しい時間となりました。

誕生日当日にはたくさんのメッセージももらいました。
みんな覚えてくれていて、ありがとう。
名前と一緒の誕生日だから、忘れないみたいです。笑
高校時代の担任からも毎年メッセージを頂いてます。嬉しい限りです。
こうやって今まで沢山の人に出会って・・
色んな経験をして・・
今の私はあるんだなって改めて思いました。
みんなありがとう。

33歳になった私へ。
なんだかんだで幸せじゃない?
感謝しましょう。
毎日治療頑張ってるね。
我ながら結構偉いと思うよ。
仕方ないもんね。病気なんだから。
けどきっと頑張ってればまた、良いことあると思うよ。
だから前向きにいこう。
大切だと思う人に感謝する気持ちを忘れないでね。
恋愛体質な私へ。
そんなあなただからこそ人生を楽しめているんじゃない?
きっとまた大恋愛できる。笑
女磨きも忘れないでね。
これから治療は更に深刻になっていくと思うけど。
今までも沢山乗り越えて来たじゃない?
だから大丈夫。
また必ず乗り越えていくから。
自分を信じて。
自分という存在に感謝して生きよう。今日も明日も・・その先もね。